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仙台高等裁判所秋田支部 昭和60年(ネ)59号 判決

控訴人 青森県 ほか一名

代理人 佐藤崇 藤原篤 佐藤毅一 尾久浩二 福田庄一 ほか三名

被控訴人 平岡旧正二 ほか三名

主文

一  原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

二  被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人と被控訴人らとの間に生じた部分は被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、左記のほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  いわゆる営造物責任のとらえ方について

1  国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、通常有すべき安全性を欠いていることをいい、通常有すべき安全性を欠いているとは、事故発生の〈1〉危険性が存在し、〈2〉予見可能性が存し、〈3〉回避可能性が存するにもかかわらず、管理者が事故回避の措置を採らなかつたことであり、右三要件はいずれも「通常」性の範囲内に属する必要があり、その判断は当該営造物の性質、通常の用法、場所的環境、利用状況等の諸般の事情を総合考慮の上具体的個別的に客観的な観点からなすべきである。そして、右瑕疵の存否は、管理者が営造物自体の物的瑕疵を営造物にかかわる前記の諸般の事情を考慮した上で客観的にみて除去するのが相当であるかどうかという営為義務の懈怠の存否としてとらえるべきであり、当時において考えうるあらゆる危険防止の手段・方法という絶対的ともいうべき基準を事後的に立て、右基準を満たしていない限り瑕疵があるとするのではなく、諸般の事情を総合判断して相対的基準に立ち平均的な性状や設備を欠いている場合に瑕疵があるとすべきである。

2  道路、公園等の人工公物は、行政主体において人工を加え公共の用に供しうる実体を備えた後更に公共の用に供するという意志行為即ち公用開始行為をもつてはじめて公物として成立するのに対し、自然公物である河川は、本来自然発生的な公共用物であつて、管理者による公用開始のための特別の行為(供用開始の手続)を要することなく自然の状態においてすでに公共の用に供される実体を備えている点において道路その他の営造物と性質が異なつており、もともと危険性を内在的にもつているのである。

3  河川法一条及び二条一項は同法の目的や河川管理の原則を一般的、抽象的に規定している。右各規定によると、河川管理は防災上の機能と公共のための利用に供する機能の二つの機能から成り立つており、河川管理の目的は防災と利用の両方の機能の調和を図りながら総合的に管理することにあるといえる。そして、同法二三条以下に河川の使用及び河川に関する規制が具体的、個別的に規定されている。これらの諸規定を通覧すると、同法所定の河川管理は講学上のいわゆる公物管理権の作用であると解される。

ところで、管理瑕疵の存否を前記のような営為義務の懈怠の存否としてとらえる場合、問題とされる「営為義務の懈怠」とは不法行為法上の義務違反を指すのであつて、必ずしも公物管理法上の義務違反とは一致しない。けだし、公物管理法上の義務とは公物管理者において抽象的な観念たる社会公共に対して負う義務であり、不法行為法上の義務とは管理者において具体的な個人に対して負う義務であり、両者がその名宛人及び義務の範囲内容を異にする場合があるのは当然であるからである。そして、公物管理法たる河川法の目的が前述のとおりであることからすれば、管理者の管理義務違反から洪水、高潮等を招来したり、流水の正常な機能が阻害され、それによつて国民の生命、身体、財産等を侵害することになる場合には、公物管理の義務違反をもつて不法行為法上の義務違反とすると解することもできるが、そうでない限りは、不法行為法上の義務違反は公物管理とは別個、独立の基準によつて判断されなければならない。

二  控訴人における予見可能性の不存在について

1  いうまでもなく訴外三上隆正(以下「三上」という。)が本件深みを掘り危険を発生させたのは昭和五七年六月一一日のことであつて、それ以前においては本件事故現場付近には何らの危険性は存しなかつたのである。そして、三上の本件事故現場付近からの取水という行為は、河川法に違反するとはいえ、それ自体人の生命、身体に危害を加えうるような危険性を包含するものではなかつたのであるから、これをもつて直ちに控訴人に本件事故発生の予見可能性があつたと認定するのは論理の飛躍であり、あまりに早計というべきである。

取水行為―本件深みの作出―事故発生という一連の因果の系列を予見することが可能であつたとするのは、結果的に具体的事故が発生してから事後的に判断していいうることであるにすぎず、当時において大和沢川の水量が低下した場合に三上が選択しうる手段の中からことさら右因果系列を予見しえたとするのはあまりに論理の飛躍であるというほかはない。

また、ここでいう予見可能性とは当時存在した諸事情を基にしたあくまで具体的に通常発生することが予測されるものでなければならず、予見可能性を漠然とした抽象的なあるいは想像しうるあらゆる危険性の予見可能性としてとらえるべきものではない。

そうだとすれば、本件においても、季富監視員が三上の取水行為を確認して以後、三上の本件深みの掘削に至るまでの間、控訴人が具体的に本件事故発生を予見しえたか否かの事情が検討されなければならないが、右予見可能性を基礎づける事情は全く見出しえない。かえつて、左記(一)ないし(五)の諸事情を前提とする限り、三上が本件深みを作出することを控訴人において具体的に予見することは到底不可能であり、本件事故は通常予見しえない三上の異常な行動に起因するというべきである。

(一) 本件における取水行為はそれ自体何ら危険な行為でなかつたこと

(二) 大和沢川は融雪時を除けば表流水が少なく殆んど伏流してしまうため河川維持流量を確保するのが精一杯の河川であり、このことは控訴人のみならず三上においても当然認識していたといえるから、水量が例年どおり乏しくなつた場合にまで取水を継続するとは通常考え難いこと

(三) 三上は、昭和五二、三年ころから昭和五六年五月に倒産するまでの間及び父の下で働いていた間は、井戸から必要な洗浄水を確保しており、また、他の砂利採取業者も同様の方法で水を確保して営業しているのが普通であつて、以前から三上と顔見知りである季富監視員は、このような事情を知つていたため、本件河川からの不法取水を一時的なものであり、大部分の洗浄水は井戸から取水していると認識していたこと

(四) これまでに大和沢川において砂利採取業者が渇水期に河床の掘削をしてまで取水をした事例がないこと

(五) 昭和五五年の河川工事により本件事故現場付近にはコンクリート護岸が設置されているため、河床を掘削する機械を土手を越えて直接河川に搬入することは不可能であり(事実、三上は、本件事故現場にバツクホーを搬入するのに土手伝いに四〇〇ないし五〇〇メートル下流に下がり、そこから土手を降りて事故現場まで戻るという方法をとつている。)、機械の搬入による河床の掘削ということは考え難い現場の状況であつたこと

三  控訴人における回避可能性の不存在について

1  控訴人の河川管理組織及びその管理事務遂行の実際については、原判決一一枚目裏七行目から同一三枚目表一〇行目までに記載したとおりである。

弘前土木事務所の河川監視体制は、河川管理の本来の目的である洪水、高潮等による災害の発生の防止、河川の適正な利用、流水の正常な機能維持を全うするについて必要かつ十分なものというべきである。

2  河川監視のための人的・物的組織体制は、特に河川事故を招来させる特別な事情が存在しない限り、河川管理本来の目的を達成しうるものであれば足り、およそ想定しうるあらゆる河川事故に対応できる監視体制をとらなくてはならないものではない。

そうだとすると、弘前土木事務所における本件事故現場付近についての監視体制の下においては、本件深みが三上によつて作出されてから本件事故発生に至るまでのわずか五日間に、本件深みを発見し、これを三上に命じて、あるいは自らにおいて原状回復を図るなどして本件事故発生を防止することは到底不可能であつたといわざるをえない。

(証拠関係) <略>

理由

一  本件事故発生の経緯及びその内容については、原判決理由第一項記載のとおりであるから、これを引用する。

二  本件事故現場付近の状況については、原判決理由第二項記載のとおりであるから、これを引用する。

三  本件深みが作り出された経緯については、左記のほか、原判決理由第三項記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二二枚目表六行目の「青色ホース」の次に「(直径約一五センチメートル)」を加える。

2  同枚目裏七行目の「続けていた。」の次に「なお、本件事故現場付近にはコンクリート護岸が設置されていたため、河床を掘削する機械を土手を越えて直接河川に搬入することは不可能であつたので、三上は、本件事故現場に右バツクホーを搬入するのに、一旦土手伝いに四〇〇ないし五〇〇メートル下流に下がり、そこから土手を降りて事故現場まで戻るという方法を採つた。」を加える。

四  大和沢川の管理関係及び控訴人の大和沢川の管理状況については、左記のほか、原判決理由第五項の第1項及び第2項記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二五枚目表五行目と六行目の間に「(四) 同月二六日には、弘前土木事務所に出頭した三上に対し、用地課長からあらためて右原状回復を命じた。」を加える。

2  同枚目表六行目の「(四)」を「(五)」と訂正する。

3  同枚目表八行目の「赴いたが、」の次に「玉石につき」を加える。

4  同枚目表九行目と一〇行目の間に「(六) 同年五月七日には、弘前土木事務所の河川監視員が原状回復の確認のため前記堤防に赴き、前記堤防が完全に復元しているのを確認した。」を加える。

5  同枚目表一〇行目の「(五)」を「(七)」と訂正する。

五  以上認定の事実関係をもとに本件河川の管理についての瑕疵の有無について判断する。

ところで、国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠く状態をいい、かかる瑕疵の有無については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである(最高裁昭和五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁、同昭和五三年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九頁、同昭和五九年一月二六日第一小法廷判決・民集三八巻二号五三頁参照)。

本件においてこれをみるに、前記認定事実によれば、大和沢川の管理事務を担当していた弘前土木事務所の職員は、昭和五七年四月一五日には、三上が砂利の選別と洗浄に用いるため右河川から直径約一五センチメートルのホースで取水していたことを知悉していたというべきであるが、右職員が三上による本件深みの作出の事実まで知悉していたことを認めるに足りる証拠はない。そして、前記認定の事実関係、殊に、右河川は融雪時を除けば表流水が少なく殆んど伏流してしまう河川であること、本件事故現場付近にはコンクリート護岸が設置されていたため、河床を掘削する機械を土手を越して直接河川に搬入することは不可能であつたこと等に徴すれば、右職員において三上が本件深みを作出した上で右取水を継続することを予見することは不可能であると認めるのが相当であり、また、河川管理の目的は、河川について洪水、高潮等による災害の発生を防止し、河川を適正に利用させ、流れの正常な機能を維持することにある(河川法一条参照)こと、また、右取水行為は、同法に違反するとはいえ、前記ホースの口径に照らして勘案するとそれ自体何ら危険な行為ではないといえることのほか、前記認定にかかる右河川の流水量、弘前土木事務所の河川管理態勢等を総合考慮すると、本件深みの作出後本件事故発生までの間に右職員において本件深みを発見することができなかつたことに無理からぬ事情があるものといわざるをえない。

そうだとすると、弘前土木事務所の職員が三上の右取水の事実を知悉していたこと、本件事故現場付近の河原が子供達の遊び場として利用されていたこと等を併せ考察しても、本件事故の発生が客観的に予想されず、損害の回避可能性がないものと認めるのが相当である。

したがつて、本件河川管理に瑕疵があるとは認められないものというべきである。

六  以上の次第で、控訴人には本件河川の管理につき瑕疵があることを前提とする被控訴人らの控訴人に対する本訴請求は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきである。

よつて、被控訴人らの控訴人に対する請求を一部認容した原判決は不当であるから民事訴訟法三八六条により控訴人に関する部分を取り消すこととし、被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川良雄 田口祐三 飯田敏彦)

(参考)第一審(青森地裁弘前支部昭和五七年(ワ)第二五八号昭和六〇年三月二九日判決)

主文

一 被告らは各自、原告平岡旧正二に対し金六一七万二二八四円、同平岡紀子に対し金五八九万二二八四円、同田邊謙三郎に対し金七四〇万二六九三円、同田邊諒子に対し金七〇五万二六九三円及び右各金員に対する被告三上隆正は昭和五七年一一月五日から、被告青森県は同年同月二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。

但し、被告らがそれぞれ、原告らに対し各金二〇〇万円の担保を供するときは、その原告の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告らは、各自、原告平岡旧正二に対し金一八三七万五七一〇円、原告平岡紀子に対し金一七四八万〇七一〇円、原告田邊謙三郎に対し金一七九一万四八八七円、原告田邊諒子に対し金一七〇〇万五三八七円及び右各金員に対する被告三上隆正は昭和五七年一一月五日から、被告青森県は同年同月二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

(被告三上隆正)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告青森県)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一 請求原因

1 本件事故の発生

原告平岡旧正二、同平岡紀子の二男訴外平岡健(昭和四八年一〇月二五日生、以下訴外健という)及び原告田邊謙三郎、同田邊諒子の二男訴外田邊智司(昭和五〇年三月一三日生、以下訴外智司という)の両名は、昭和五七年六月一六日午前一一時ころ、弘前市大字小栗山字川合所在の岩木川水系大和沢川の河川区域内で、上千年橋下流約五〇〇メートル付近にある深み(以下本件深みという)に落ち込み、溺れているところを助け上げられ、ただちに弘前救急病院に運ばれたが、訴外智司は同日午後一時一二分、訴外健は同月一八日午後八時三〇分、いずれも同病院において死亡(溺死)した。

2 本件事故現場付近の状況

(一) 前記大和沢川は、流水が少なく、大半は砂利の下を流れる伏流水であるが、本件事故現場付近では、弘前市の住宅街の中を南西から北東へ向かつて、幅約二一メートル位の河原のほぼ中央を、幅約一ないし二メートル位、深さ約一〇ないし二〇センチメートル前後で水がゆるやかに流れている状況で、普段は近所の子供達の恰好の遊び場になつていた。

事故当日も、市内の小学校が休校日にあたつていたところから、多くの子供達が河原に集まり、魚取りや水遊び等に興じていた。

(二) ところで、前記二人の児童が溺死した深みは、このような場所の流水の真中に位置し、以前は長さ約一〇メートル、幅約三メートル、中心部の深さ約一メートルのものであつたが、昭和五七年六月一一日ころ、被告三上隆正(以下被告三上という)において、その中央部分に長さ約五メートル、幅約二メートル、深さ約七〇センチメートルの穴を掘り下げ、さらに穴の下流端に高さ約三〇センチメートルの砂利を積んで流れをせき止めたため、事故当時の水深は約二メートル位になつていた。

3 被告三上の責任

(一) 被告三上は、砂利採取販売業を営むものであるが、自己の採取した砂利の土を洗い流すため、砂利採取現場から約一〇〇メートル離れた大和沢川の中に揚水機を設置し、勝手に川から水を吸い上げていた。

ところが、渇水期のため川の水位が低下し、揚水ができなくなつたことから、前項(二)の記載のとおり、無断で川底を掘削して貯水穴(本件深み)を作り出し、そこに流水を貯溜して、本件事故当日も揚水機を発動してここから水を吸引していた。

(二) 本件事故現場周辺の河原は、前述のとおり、付近の人や子供達の恰好の遊び場であり、このような場所に水の貯溜する深みを作り、かつ、その周りは川底から掘り上げた粘土質の滑りやすい土を積み上げたままの状態で、しかも、揚水機の作動により貯溜した水が混濁して穴の深さもわからない危険な状況からみれば、本件のような事故の発生することは容易に予測されるところである。

しかるに、被告三上は、深みの周りに防護柵を設けたり、危険防止の標識を立てるなどの危険防止措置を何らとらないままに放置していたものであるから、本件事故により生じた原告らの損害を賠償すべき義務がある。

4 被告青森県の責任

(一) 大和沢川は、河川法上一級河川の指定を受け、その管理は建設大臣が行うものであるが、河川法九条二項により、青森県知事が管理の一部を行つている指定区間内に存する。

被告青森県は、河川法六〇条により、大和沢川の管理費用負担者である。

(二) 国家賠償法にいう公の営造物の設置ないし管理に瑕疵がある場合とは、当該営造物が本来備えるべき安全性を欠いている状態をいうものである。

ところで、本件の深みは、大和沢川のもつ自然の流水状態のまま存在したものではなく、被告三上が、揚水機を設置、作動させて澄明な流水を混濁せしめ、さらに川底を掘削したり、流水をせき止めたりするなどの作為を加えて、危険な状態を継続的に作り出していたものである。

しかるに、河川管理者である各行政庁は、このような事実を十分に知り、かつ、本件事故のような事態が発生することを予測できたにもかかわらず、その危険を防止するために、被告三上の作業を停止させるとか、本件の深みを埋め戻すとか、事故発生を回避するため防護柵を設け、あるいは危険防止の標識を設置する等の措置を全く講じなかつた。

(三) 本件事故は、このような河川の安全性を保つために、管理者のなすべき義務を尽さず、損害を生ぜしめるような危険な欠陥を放置したために発生したものであり、そこに管理の瑕疵があるというべきであるから、被告青森県は国家賠償法三条一項、二条により河川管理の費用負担者として、二人の児童が溺死したことによつて生じた原告らの損害を賠償すべきである。

5 損害

(一) 訴外健及び同智司の損害

(1) 逸失利益

本件事故当時、訴外健は八歳、同智司は七歳であるので、両名とも、本件事故がなければ一八歳から六七歳までの四九年間稼働できたのであり、その間毎年少なくとも、昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の平均給与額に、賃上げ部分として五パーセントを加算した金三五七万九二四〇円の収入が得られたはずである。

そこで、右金額から二分の一の生活費を控除し、ライプニツツ方式により、それぞれのライプニツツ係数を乗じて中間利息を控除すると、逸失利益は、訴外健が金一九九六万一四二一円、同智司が金一九〇一万〇七七五円となる。

(2) 原告らは、それぞれ自分の子供の有する右損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

(二) 原告らの損害

(1) 慰藉料

いとしい愛児の生命を、溺死という悲惨な状況のもとに奪われた原告らの苦しみは、筆舌に尽くし難いものであるから、これに対する慰藉料としては、少なくとも原告ら各自に対して金六〇〇万円が相当である。

(2) 葬祭料及び仏壇購入費

原告平岡旧正二は訴外健の、原告田邊謙三郎は訴外智司の各葬祭料として、いずれも金六〇万円を下らない費用を支出し、またそれぞれ仏壇購入のため、原告平岡旧正二は金二九万五〇〇〇円、同田邊謙三郎は金三〇万九五〇〇円の支出を余儀なくされ、ともに同額の損害を被つた。

(3) 弁護士費用

原告らはいずれも本件訴訟遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬としてそれぞれ金一五〇万円を支払うことを約した。

6 よつて原告らは被告らに対し、各自、原告平岡旧正二に対し金一八三七万五七一〇円、同平岡紀子に対し金一七四八万〇七一〇円、同田邊謙三郎に対し金一七九一万四八八七円、同田邊諒子に対し金一七〇〇万五三八七円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日(被告三上については昭和五七年一一月五日、被告青森県については同月二日)から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する被告三上の認否

1 請求原因1項の事実は認める。

2 同2項(一)、(二)の事実中、本件事故現場付近での大和沢川の状況が「河原のほぼ中央を幅約一ないし二メートル位、深さ約一〇ないし二〇センチメートル前後で水がゆるやかに流れている状況」であつたという点は否認し、その余は認める。

3 同3項(一)の事実は認める。同項(二)の事実中、被告三上が深みの周りに防護柵や危険防止のための標識を設けていなかつたことは認めるが、その余は争う。

4 同5項はすべて争う。

三 請求原因に対する被告青森県の認否及び主張

1 請求原因1項の事実は認める。

2(一) 同2項(一)の事実中、本件事故現場付近が弘前市の住宅街の中に位置することは否認する。また普段子供達の遊び場になつていたこと及び事故当日も多くの子供達が河原で魚取りや水遊び等をしていたことは不知。その余は認める。

(二) 同項(二)の事実は不知。

3(一) 同4項(一)の事実は認める。

(二) 同項(二)の事実中、被告三上が危険な状態を作り出していたという点は不知。被告青森県が本件事故発生を予測できたにもかかわらず防止のための措置を講じなかつたという点は否認する。

(三) 同項(三)は争う。

4 同5項はすべて争う。

5 被告青森県には原告ら主張のような河川管理の瑕疵は存しない。

(一) 河川管理の目的及び自由使用について

(1) 国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるとは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、設置管理者は当該営造物の構造、用途、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合して具体的に通常予想される危険の発生に備えていれば足りるのであつて、あらゆる事故に備えて絶対の安全を備えることまで要するものではない。ことに河川は道路等のように人為的に設置されたものと異なり、いわゆる自然公物であつて自然に存在する状態で既に危険を包含するものであるとの特質を有する。

(2) このような河川管理の目的は河川の本来の機能を良好な状態に維持すること、換言すれば、河川について洪水、高潮などによる災害の発生を防止し、河川を適正に利用させ、流水の正常な機能を維持すること(河川法一条)に尽きるのである。前述したとおり河川は危険を内包する存在でありながら、自然公物として公衆一般の自由使用に供されるべきものであるから、河川区域内の散策、通行、魚釣り、遊泳などの河川の自由使用者は河川管理の結果河川をより安全かつ便利に利用する事実上の利益を有することがあるが、それはあくまで反射的な利益に過ぎず、河川管理者としては、水泳場等水難事故の発生が懸念される特段の事情が存する場合を除き、一般的直接的に自由使用者に対する関係で河川管理責任を負うものではなく、個々の自由使用に伴う危険は使用者たる住民自らの責任で防除すべきなのである。

(3) 従つて、河川管理に瑕疵があるとされるのは、河川の機能喪失、機能減退に伴う災害等に対して、河川の通常備えるべき安全性を欠く結果に至る場合を指すのであつて、河床に不整形部分が存在したとしても、それが右記河川管理の目的から見て、支障を生ずるようなものでない限り、河川の通常有すべき安全性に影響はなく、それが自由使用者にとつて危険な存在であつたとしても、決して、河川管理の瑕疵につながるものではない。

(4) とすれば、本件の場合、原告主張にかかる本件深み部分の存在を、仮に被告青森県が事前に知つていたとしても、河川管理者たる青森県としては、右河川管理の目的に従い、本件深みによつて乱流が生じ、それが堤防を破壊に導くおそれがあるか、本件深み部分の存在によつて流水の正常な機能の損なわれるおそれがあるかの見地から判断し、その対策を講ずれば足りるのであつて、自由使用者に対する危険防止の措置を講ずる義務は、さらさらないと言うべきである。

(二) 大和沢川について

(1) 大和沢川(以下「本件河川」という)は、昭和四一年四月一日に建設大臣が一級河川の岩木川水系に属する一級河川に指定し、かつ全区間を指定区間に指定した。そのため本件河川の本来の管理者は建設大臣となり、その権限の一部が青森県知事に機関委任され、その権限の範囲内において青森県知事が管理しているものである。

(2) 本件河川の上流端は弘前市大字一野渡字山下で、その延長は七八五四・五メートルであり、弘前市南部郊外の新興住宅地をかすめて北東に向かつて流下し、下流端は一級河川平川との合流点である。

(3) 本件事故現場から上流約五〇〇メートルのところに県道石川土手町線の上千年橋が架けられており、そこから本件事故現場までの左沿川地帯は新興住宅地域で、本件事故現場は住宅地域の末端付近に位置する。その下流は殆どがりんご園であり、また本件事故現場の存在する右沿川地帯も殆どがりんご園地帯となつており、人家はまばらである。

(4) 本件河川は、原告らも主張するように流水が伏流する傾向を示す河川であり、春の融雪期あるいは降雨期を除けば表流水が殆どなく、平常時は俗に水無し川と称されている河川であつて、地域住民にも安全な河川として認識されているところである。従つて、水難事故の発生などが通常予想されず、かつその前例もない本件河川においては、河川の自由使用者に対し原告ら主張のような危険防止の措置をとらなかつたからといつて、直ちに河川管理に瑕疵があつたとは到底いえず、かえつて右のような状況下においては自由使用者が自己の責任において使用をなすべきものである。

(三) 青森県の河川管理組織及びその管理事務遂行の実際

(1) 被告青森県は、その河川管理事務を各土木事務所に分掌させ、本件河川を含む地区の河川管理事務は弘前土木事務所をしてこれを担当せしめていた。

弘前土木事務所管内における知事管理河川は二水系六三河川を数え、その総延長は約四〇〇キロメートルにも及んでいた。

右河川を管理するための、弘前土木事務所における人的構成は河川監理員九名とその補助者たる河川監視員二名の計一一名であり、そのための器材と言えば巡視用車両一台にすぎなかつた。しかも、河川監理員九名は、いずれも弘前土木事務所長、同次長、用地専門監、同建設二課長、同用地課長、同企画課長、同河川係長、財産係長等の役職を兼務していて河川管理の現場事務に専念することができず、常時河川の実情の監視、視察の業務に従事できるものは、河川監視員二名のみにとどまるという実情にあつた。

(2) 右の人的機構、所有器材で右六三河川の全域にわたり、純数学的純自然科学的な意味で完璧と言える河川管理を実現することは絶対に不可能である。弘前土木事務所に数百名の専門河川監理員を置くか、あるいは六三河川の全域をひとめで常時監視することのできるテレビ監視網を設置するか、いずれかの措置を講ずることができれば、あるいはその実現が可能になるかもしれない。しかし、それは、現在の国家財政、県財政、そして現在の技術水準の面からして、到底許されざる夢物語である。

(3) そこで、被告青森県は当時も今も、対象河川、対象区域の面で重点を形成する、実施時期の面でも重点を形成するという、いわゆる重点形成方式を採用して、社会学的な意味で完璧な河川管理を実現させている。

弘前土木事務所管内について言えば、一般的には岩木川、平川、浅瀬石川、土淵川を河川管理上の重点河川とし、三月中旬から、四月中旬にかけての雪解け期、梅雨末期等の多雨期、台風襲来期を河川管理上の重点時期とし、その時々の具体的状況に応じて随時右を修正しつつ河川管理任務の完遂を図つてきているのである。

(4) 右の事情のもと、大和沢川は最も監視重要度の低い河川とされ、本件河川部分は大和沢川の中でも最も監視重要度の低い地区とされ、四月下旬から六月下旬に至る期間は本件河川部分につき最も監視重要度の低い時期とされてきている。かくて、河川管理手段の一つである巡視の頻度について言えば、本件河川部分に対する四月下旬から六月下旬に至る間の巡視頻度は、三か月に一回程度を基準とするとされていた。前述の諸般の制約と合目的的見地からして、これをもつて足り、またこれ以上は望みえざる現実の下におかれていたのである。

(四) 本件河川部分に対する巡視実行

(1) 昭和五七年四月二五日、河川監理員である弘前土木事務所長今井光男は、同じく河川監理員である工藤英雄を帯同のうえ、河川管理のため、本件河川部分を含む大和沢川の巡視を自ら実施した。その際、本件事故発生地点の下流にあたる河川敷に玉石の堆積がなされ、その右岸堤防に切り下げられた個所のあることを認めたので、直ちにその堆積者であり、かつ掘削者でもある被告三上隆正に対し、その原状回復を命じた。

しかし、本件事故発生地点を含む本件河川部分には、河川管理上問題視すべき異常は何ひとつとして認められなかつた。

(2) 右のほか、河川監理員須藤鴻一は、右に先立つ同年四月一五日、別の目的で本件河川部分右岸に位置する河川外砂利採取場に赴いた際、その往路復路を利用し併せて河川管理のため本件河川部分を視察したが、この時も本件河川部分に河川管理上問題視すべき異常は何ひとつ存在しなかつた。

すなわち、昭和五七年四月から六月末に至る間の、本件河川部分に対する弘前土木事務所の河川管理のための巡視は右をもつて足り、右に加えて更にそれを重ねる要なきものと言うべきである。

(五) 社会的諸制約と河川管理の瑕疵との関係

右に述べた河川の本質、特殊性と河川管理が行政事務としてなされている現実とは、国家財政事情、地方公共団体の財政事情が河川管理における瑕疵の有無を判断するための本質的な要件になるとの結論に到達させる(これは、河川管理の瑕疵にかかる概念の周延、水準に対する基準の相対性の問題である)。

河川管理という行政事務における瑕疵の有無の判断につき財政上の制約、技術水準上の制約を無視し、いわゆる絶対瑕疵の概念を採用することは根本的な誤りであり、そこに採用される瑕疵の概念は財政上の制約、技術水準上の制約等を考慮した社会学的にして現実的な概念でなければならない。

とすれば、以上述べた事実を総合勘案するとき、被告青森県において本件深み部分の存在を昭和五七年六月一一日から同月一六日に至る六日間放置したとしても、それが河川管理の瑕疵となりえないものであることは明らかである。

(六) 右の如くにして、いずれにしても被告青森県の本件河川管理に国家賠償法、河川法にいう瑕疵はない。

6 被告青森県には、本件事故につき予見義務も、結果回避義務もなく、予見の可能性、結果回避の可能性もなかつた。

(一) 瑕疵とは、「物」が本来備えるべき性質、設備を欠くという、「物」にかかる概念である。

しかるに、

(1) 国家賠償法二条は「河川の……管理に瑕疵があつたため」と規定し、河川管理の瑕疵を行為の瑕疵としてとらえていること

(2) 一方、河川は前項で述べたとおり、自然物として物としての瑕疵を常有し、危険を包蔵する存在であること

(3) およそ法が、たとえ国に対してであつても不可能を強いる道理のないこと

の三つを併せ考察するとき、「河川管理の瑕疵」に因り国に対し損害賠償を求めるためには、前項で述べた狭義の「河川管理における瑕疵そのもの」のほかに河川管理者の当該損害防止のための義務違反(具体的予見義務違反、結果回避義務違反)を必要とするとの解釈に無理なく到達し、またこれをもつて至当な解釈であると考える。

(二) さて、これを本件についてみるに、被告青森県は5項で述べたとおり、本件河川部分に対し、河川管理の目的に照らして必要かつ十分な管理を、かつ現今の財政事情、技術水準からしてこれ以上は期待できない河川管理を遂行してきているうえ、

(1) 昭和五七年六月一一日に本件深みが発生したことを同月一六日の事故発生時に至るまでは知らず、

(2) 右深みの発生と存在を知らなかつたことにつき何の過失もなく、

(3) 河川管理者として本件事故の発生を予見すべき義務もその発生を未然に防止すべき義務もない

のであるから、この観点からするも、被告青森県は原告らに対し損害を賠償すべき責任はない。

7 原告らの損害と青森県の本件河川部分に対する河川管理との間には、相当因果関係が存在しない。

(一) 訴外健、同智司の両名を死に至らしめた原因は左記にあり、かつ、これに尽きると思料され、被告青森県は本件事故の原因作出に何の加担もしていない。

(1) 訴外健の重大な過失

訴外健は昭和四八年一〇月二五日に出生し、心身ともに健やかに成長してきた児童であつて、本件事故当時、既に自らの生命、身体を防衛するために必要な、外界事象を認識し、その認識の上に立つて適切な防衛措置を講ずる能力を十分に備えていた。そして、本件の場合、同人は本件深みに石を投げ入れたりなどしてその存在はもとより、その危険度もよく承知していたにもかかわらず、下流からアメンボを追い、まず、膝付近まで、次いで腰付近まで、更に胸付近までと自己の意思で深みに入りつづけて、ついに自らを水中に埋没させてしまつているのである。このように同人の死は、いわば自殺行為に準ずべき自らの重大な過失によつてもたらされたものである。

訴外智司は、危殆に瀕した右健を救助しようとして自らも水没してしまつたのであるから、訴外智司をそのような状態に導いた原因もまた訴外健の右所為なのである。

(2) 母親たちの過失

河川は自然に発生した存在であり、本来危険な存在である。そのうえ、河川は道路や都市公園などのように、多数の人に利用させ、多数の人を誘引するための公共施設ではない。本件河川部分が当時、子供の遊び場になる条件を備えていたとしても、当該地域周辺には、河川以外にも子供の遊び場として利用できる適地が有り余るほどに存在していた。そして、昭和五七年六月一一日、本件河川部分の中に本件深み部分が形成されるに至つていることは、付近住民の知るところ、若しくは知りうべかりしところであつた。仮に、訴外智司の母原告田邊諒子、訴外健の母原告平岡紀子において右深みが現実に存在することを知らなかつたとしても、その場合の母親としては、本来危険であるべき河川の本質に鑑み、子供らが河川に遊びに行くと言うのであるから、河川の現実を具体的に調査してからそれを許容すべきである。

右のごとき事情があるにもかかわらず、原告平岡紀子、同田邊諒子らの母親組は、本件河川部分は絶対に安全なものと軽信し、子供らの言うままに、本件河川部分に遊びに行くことを許し、監督のため母親のうちの誰かがそれに同行しなかつたばかりか、本件河川部分には初めて遊びに行く子供らに対し一言の注意を与えるでもなく、そのままに送り出している。

本件のいたましい結果を招いた原因の一つに、母親らの重大な過失があることは多言を要しないところである。

(3) 救護活動上の過失

訴外健、同智司が不幸にして本件深みに入りこんだとしても、その後の救護活動が迅速適切に行われておれば、二人の尊い命が奪われずに済んだであろうことは、経験則に照らし、まず間違いないところである。

本件では、発生場所が人家から歩いて四、五分の地点であり、水没個所は深みとは言え極めて救出容易な条件を備えた個所であり、子供とは言え小学校三年生の男の子が六人も傍らで事故を目撃しており、水没後二〇分余で救出され、しかも救出後一名は約二時間、一名は約五六時間生きながらえているのである。

もし本件の場合、子供から通報を受けた母親らが、あわてふためいて現場に駆けつけ、ただおろおろしているだけでなく、直ちに近所の成年男子に救助を頼むと同時に救急車出動の要請をしておれば、さらに早く救助され、専門家の手当も早期になされて、おそらく両名の命は取りとめられていたはずであるし、水中に没してから二〇分余を経過して救出されたとは言え、それに対する救急措置、その後の手当が適正になされておれば、両名の命は確実に取りとめられていたはずである。

かくして、救護活動における過失の存在も、両名を死に至らしめた原因の一つと思料される。

(4) 三上砂利屋関係者の過失

本件深みに対し、防護柵を施し、あるいは監視員を付するなどの措置を怠つた三上砂利屋関係者の過失も本件事故の原因の一端を担うものである。

(二) 他方、被告青森県に河川管理の瑕疵がなく、本件自由使用者の具体的危険を防止すべき義務なきことは既述のとおりである。

とすれば、相当因果関係の視点に立つとき、訴外健、同智司両名の死、ひいては原告らの損害と被告青森県の河川管理との間に、(法律上認めるに足りるだけの)相当因果関係の存しないことは、多言を要するまでもなく明白であろう。

四 被告三上の抗弁

本件事故については、濁りのため深さの判らない深みに服を着たまま入つて行つた訴外健、同智司にも過失があり、また同人らが本件河川部分で遊ぶについて、その安全を確認せず何らの注意も与えなかつた原告平岡紀子、同田邊諒子にも過失がある。

これらの過失は損害額の算定にあたつて考慮されるべきである。

五 被告青森県の抗弁

仮に本件事故において被告青森県に何らかの責任があるとしても、前述したように訴外健及び同智司には自ら危険物に近づきそこを遊び場とした重大な過失があり、原告らにも親権者として子の監督を著しく怠り、事情不案内の土地において子をなすがままに放置した過失がある。これらの事情は過失相殺として損害賠償の算定にあたつて十分斟酌されるべきである。

六 被告らの抗弁に対する原告らの認否

被告らの抗弁事実はいずれも否認する。

第三証拠 <略>

理由

一 請求原因1項の事実は当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、本件事故当日、訴外健、同智司の両名はその母親である原告平岡紀子、同田邊諒子に連れられて本件事故現場近くの知人を訪れ、同人宅に集まつたほぼ同年令の子供達八人で本件事故現場の大和沢川の河原に遊びに行き、本件深みの周りで水遊びをしているうちに、訴外健がアメンボを取ろうとして本件深みに落ち込んで溺れ、これを見ていた訴外智司は右健を助けようとして本件深みに入り、同人もまた溺れてしまつたものであることが認められる。

二 そして<証拠略>によれば、本件事故現場付近の状況として次の各事実が認められる。

1 本件大和沢川は、弘前市大字一野渡字山下を上流端として、同市南部郊外を北東に向かつて流下し、平川と合流する、延長七八五四・五メートルの一級河川であり、本件事故現場は右大和沢川のほぼ中ほどにかかる県道石川土手町線の上千年橋の下流約五〇〇メートルの地点である。

右上千年橋から本件事故現場までの大和沢川の左岸一帯は新興住宅地で、堤防沿いの道路に面して人家が建ち並んでいるが、反対側の右岸一帯は人家はまばらで、上千年橋の下流すぐの所に千年小学校があり、その先は雑草が生い茂つたところどころに雑木のある原野となつている。

2 本件事故現場付近は両岸ともに土手状の堤防があり、堤防から川寄りはなだらかな下り斜面になつており、その内側には幅約七・五メートルにわたつてコンクリート製の護岸が施され、その底部にはさらに約一・六五メートルの幅で根固めブロツクが置かれている。河床部分の幅は右根固めブロツク間で約一二・四メートルあるが、全体に玉石の露出した河原状になつていて、水は本件深み部分を除き、幅約一・六メートル、水深約三〇センチメートルで帯状に細く流れていた。

3 本件深み部分は川のほぼ真中辺に位置し、前記のような細長い水の流れの途中が、約一〇メートルの長さで約三メートルの幅にふくれた形になり、その中央部が深くなつており、下流部分が約三〇センチメートルの高さに積まれた砂利によつてせき止められていたこともあつて、最深部は約二メートルもの深さとなつていた(この点は原告らと被告三上との間では争いがない)。

4 大和沢川は、例年四月の融雪時期や降雨期には水が川幅いつぱいに流れることがあるものの、その他の時期には水無し川と呼ばれるほどに表流水が殆どなく、そのため付近住民にも安全な川として認識され、河原は子供達の遊び場となつていた。

三 そこで次に本件深みが作り出された経緯についてみるに、<証拠略>によれば次の各事実を認めることができる(なお本件深みは被告三上が掘削して作つたものであることについては、原告らと同被告間で争いがない)。

1 被告三上は昭和五七年四月初めころから、本件事故現場の大和沢川の右岸寄りに所在する弘前市大字清水森字下川原二番三〇の訴外三上彦一所有の原野を掘削して砂利採取業を営んでいたが、採取した砂利の選別と洗浄に必要な大量の水を大和沢川から取水することにし、河川法所定の許可を受けることなく、同月一〇日ころ水中ポンプ一基を本件事故現場の深みに据えつけて揚水し、同所から青色ホースで約七〇メートル離れた砂利採取場まで水を引き、取水を始めた。

2 前述したとおり四月ころの大和沢川は雪解け水で比較的水量が豊富であつたが、五月末から六月初めころにかけては渇水期となつて水位が低下し始め、必要な量の取水が困難となつた。

そのため被告三上は、川底を掘削して水の溜まる深みを作り、そこから取水しようと考えて、同年六月一一日午前九時ころから油圧式掘削機(バツクホー)を用いて、従来取水していた長さ約一〇メートル、幅約三メートル、深さ約一メートルの本件事故現場の深みのほぼ中央部に、さらに長さ約五メートル、幅約二メートルの範囲にわたつて深さ七、八〇センチメートルの穴を掘削したうえ、その下流部分に約三〇センチメートルの高さで砂利を集めて水流をせき止め、最深部が約二メートルもの深さに達する本件深みを作り出し、そこに前同様水中ポンプ一基を据えつけて取水を続けていた。

3 ところで前述した如く本件事故現場付近の大和沢川の河原は付近の子供達の遊び場となつており、ことに本件深み部分は従来から川の他の部分よりも水深が少し深く、魚などが良く集まる所であつたため子供達もまたこの深みの周囲に集まつてくることが多かつた。

そして被告三上もそのことは十分に知つており、同所をさらに掘削して深くすることによつて、子供が深みに落ちて溺れる危険のあることも認識していたが、取水それ自体が前述のとおり無許可であつたことから、本件深みの周囲に柵や立札を設置するなどの危険防止措置は何ら講じていなかつた。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠は存しない。

四 被告三上の責任について

本件深みは被告三上が作り出したものであること、そして同被告が、これによつて水遊びに来た子供達が深みに落ちて溺れる危険のあることを知りながら、危険防止のための措置を全く講じていなかつたことは前項で述べたとおりであり、右事実によれば同被告には訴外健、同智司の死亡について少なくとも過失のあつたことは明らかである。よつて同被告には、原告らに対し、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

五 被告青森県の責任について

1 請求原因4項(一)の事実は原告らと被告青森県との間で争いがない。

2 原告らは被告青森県には本件河川の管理に瑕疵があつた旨主張するので以下検討するに、<証拠略>によれば次の各事実が認められる。

(一) 被告青森県においては、その河川管理の事務を各土木事務所に分掌させており、大和沢川については弘前土木事務所がその管理にあたつていたが、同土木事務所の管理する河川は六二河川、その流域は延べ約四〇〇キロメートルにも及んでいて、人的、物的設備の関係からそのすべてを常時監視することは到底不可能なため、各河川の危険度、重要度に応じた管理態勢がとられていた。

本件大和沢川はその流水量の少ないことや、すでに堤防等の改良工事が完了していたことなどから非重点河川とされ、その管理内容は、例年四月の融雪時期と九月の台風時期、そして一一月以降に各一回パトロールをするほかは、他の要件で係員が近くに臨場したときについでにその付近の河川状況を見る程度であつた。そして右のパトロールは、河川の近くを自動車で走りながら、堤防の切崩しや河川敷の不法占用などの有無を主眼にして行われていた。

(二) 前述のとおり被告三上は昭和五七年四月初めころから大和沢川の右岸沿いの前記場所で砂利採取業を営んでいたが、弘前土木事務所では同月初めころ右採取場所の隣地所有者からの連絡でその事実を知り、同月一五日には同人からの境界確認への立会い要請により、同土木事務所用地課財産係長で河川監理員である須藤鴻一、同係技能主事で河川監視員である季富昭二らが右採取場所に赴いた。

その際、右季富は、採取場に置かれていた砂利選別機から青色の太いホースが大和沢川の堤防の方に延ばされ、その先端が川の方に行つているのに気づき、被告三上が大和沢川から取水しているのを知つたものの、同被告に対して、取水するのならその許可を得るよう口頭で注意しただけで、それ以上の措置をとらず、また右事実を上司にも報告しないでいた。

(三) その後同月二五日には、弘前市民による河川清掃運動を視察していた弘前土木事務所の所長と、用地専門監の工藤英雄が、前記砂利採取場付近で被告三上が大和沢川の右岸堤防の一部を切崩して、不要な玉石を同川の河川敷内に集積しているのを現認して、同被告に注意のうえ原状回復を命じ、前記須藤、季富らもこれを聞いて同日右現地に赴いて被告三上に重ねて注意したが、前記取水事実についてはあらためて調査確認しなかつた。

(四) そして同月二八日には前記須藤、季富らが、同年五月七日には右季富が、それぞれ前記堤防の切崩しと玉石の集積についての原状回復の確認のため右現地に赴いたが、原状回復がなされているのを確かめただけで、このときも前記取水事実については調査もせず、従つて何らの措置も講じなかつた。

(五) 被告三上は(二)で述べた前記季富の注意の内容やその際の様子、そしてその後土木事務所からは大和沢川からの取水について何の注意、指導もなかつたことから、右季富がこれを内々に済ませ、見過ごしてくれたものと考えて、その後も取水を続け、前述のとおり六月になつて水量が少なくなつたため、これに対処すべく同月一一日本件深みを作るに至つた。

(六) 前記五月七日以降本件事故の起こるまで、弘前土木事務所の係員は本件事故現場付近には全く行つておらず、被告三上による本件深みの作出については本件事故が発生して初めてこれを知つたのであつた。

なお、証人季富昭二の証言中右認定に反する部分は前掲の各証拠に照らして措信できない。

3 右認定した事実によれば、大和沢川の管理を担当していた被告青森県の弘前土木事務所では、昭和五七年四月一五日には、被告三上が砂利の選別と洗浄に用いる水を大和沢川から取水していることを知つたものというべきである。

勿論右取水そのものは、河川法の許可を得ていない被告三上による違法な所為なのではあるが、河川管理の責任を負う者としては、前記二で述べた本件事故現場付近の状況、就中従来から本件事故現場付近の河原が子供達の遊び場として利用されていることに照らせば、被告三上による取水事実を認識した以上、直ちにその状況を具さに確認し、違法な取水を中止させるか、あるいは中止させないのであれば取水の状況を継続的に把握して危険の発生を防止する措置を講ずべき義務があつたものと解すべきである。そして被告青森県において右義務を尽くしてさえいれば、被告三上による本件深みの作出を未然に防止することも、本件深みの存在を早期に発見して危険防止のための措置を講ずることも十分に可能であつたと考えられる。

しかるに、すでに述べたように弘前土木事務所の係員は被告三上の取水事実に気づいた際、ただ単に口頭で許可を得るよう同被告に注意したにとどまり、違法な取水を中止させることもなく、剰え取水状況の確認すらせず、その後においても度々本件事故現場付近に赴きながら何らの措置もとることなくこれを放置していたのであつて、その措置の不十分なことは明らかであり、結局被告青森県による本件河川の管理には瑕疵があつたといわざるを得ないのである。

4 これに対し被告青森県は、河川管理の目的は、洪水、高潮等による災害の発生を防止し、河川を適正に利用させ、流水の正常な機能を維持すること(河川法一条)に尽き、河川のいわゆる自由使用者に対する関係で直接的に安全管理の責任を負うものではない旨主張する。

しかしながら、本件の如くその管理する河川の状態に変更が加えられ、当該河川の従来の利用状況に鑑み、その変更によつて一般の利用者に対して危険の生ずるおそれが認められ、しかも河川管理者において右事実を認識し、あるいは容易に認識しえたような特段の事情の存する場合には、河川管理者には河川法一条所定の目的にとどまることなく、右変更された状態に応じた危険防除のための適切な措置をとることが要求されるものと解されるのであつて、この理は河川状態の変更への河川管理者の関与の有無にかかわらないものというべきであり、従つて本件においては被告青森県の前記主張は採用しえない。

5 次に被告青森県は、河川管理の実際面や社会的諸制約について言及し、管理の瑕疵の不存在を主張しているが、その主張中には河川管理に関する一般論としては首肯しうる部分も存するものの、本件は前述したとおり、被告青森県において被告三上の違法な取水事実を具体的に認識し、本件深みの作出についてもこれを認識ないしは防止しえたにもかかわらず、それに伴つて要求される右違法状態の除去や危険防止のための措置を全く講じなかつたという事案であつて、このような場合においてもなお被告青森県の主張するような一般的、抽象的理由をもつて管理の瑕疵が否定されるものとすれば、もはや管理責任は有名無実に等しいといわざるを得ず、到底左袒できるものではない。

6 また被告青森県は本件事故についての予見可能性及び結果回避の可能性の不存在を主張する。

なるほど本件事故の直接原因ともいうべき本件深みは、本件事故の五日前の同年六月一一日に被告三上によつて作り出されたものであつて、その期間だけをみるときは被告青森県がこれを発見することはあるいは容易でないものといいうるかもしれないが、しかしながらすでに度々述べている如く、同年四月一五日以降被告青森県が同三上の違法な取水事実に対して、河川管理者として適切な措置を講じ、十分にその義務を尽くしてさえいれば、監視の継続などによつて本件深みの作出を早期に認識することは勿論、これを未然に防止することも十分に可能であつたものと考えられるのであるから、本件事故の予見可能性や結果回避の可能性がなかつたということはできず、この点の被告青森県の主張もまた首肯しうるものではない。

7 以上のとおり被告青森県にもまた、国家賠償法三条一項、二条に基づき、原告らに対し、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるものと認められる。

六 損害について

1 逸失利益

(一)<証拠略>によれば、本件事故当時訴外健は八才、同智司は七才であつたことが認められるから、両名とも一八才から六七才までの四九年間にわたつて稼働できたものということができる。

ところで昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表によると、同年における産業計、企業規模計、学歴計、年令計の男子労働者の年間総収入は、原告らの主張する金三五七万九二四〇円を上回るものであることが明らかであり、そこで右原告らの主張額をもとに、これから相当と認められる生活費五割を控除した年間純収入金一七八万九六二〇円を基礎にして、ライブニツツ方式により年五分の中間利息を控除して右両名の死亡時における逸失利益現価額を算出すると、訴外健については金一九九六万一四二一円、同智司については金一九〇一万〇七七五円となる。

(二) そして<証拠略>によれば、原告平岡旧正二、同平岡紀子は訴外健の、原告田邊謙三郎、同田邊諒子は訴外智司の両親であることが認められるから、原告らはそれぞれ自分の子の有する損害賠償請求権を二分の一宛相続取得したこととなる。

2 葬儀費用等

<証拠略>によれば、同原告は訴外健の葬儀費用として少なくとも金一五七万四〇〇〇円を、仏壇購入のために金二九万五〇〇〇円をそれぞれ支出したことが認められ、<証拠略>によれば、同原告は訴外智司の葬儀費用として少なくとも金九三万七五五〇円を、仏壇購入のために金三〇万九五〇〇円をそれぞれ支出したことが認められる。

しかし訴外健、同智司の年令や各費用の内容等を考慮すると、本件事故による損害と評価しうるのは、葬儀費用についてはいずれも金六〇万円、仏壇購入費についてはいずれも金一〇万円と認めるのが相当である。

3 慰藉料

原告らがそれぞれ本件事故によつて多大な精神的苦痛を受けたであろうことは容易にこれを認めうるところであり、本件にあらわれた諸事情を考慮すればその慰藉料は原告ら各人についてそれぞれ金四〇〇万円とするのが相当である。

4 過失相殺

<証拠略>によれば、訴外健、同智司とも本件事故現場の河原に行くのは初めてであつたこと、そして同人らが遊んでいた本件深みには前述したとおり水中ポンプが据えつけられていて、そこから青色ホースが右岸堤防の方に延びており、近くに行けばゴーゴーという音がしていて、水を汲み上げていることは一見して明らかであつたうえ、右ポンプの作動のため水が濁つていて、外からは深さが良くわからない状態であつたこと、また右両名の母親である原告平岡紀子、同田邊諒子にとつても、これまで本件事故現場の河原には行つたことがなく、知人から安全な所と聞いていただけで、自らはその状況を確かめることなく子供だけで遊びに行かせ、しかもその際子供に対して特別注意を与えていなかつたことがそれぞれ認められる。

右の事実に前記認定した本件事故の態様や本件事故現場付近の状況、訴外健、同智司の年令等を併せ考えると、本件事故については被害者である訴外健、同智司、そしてその各親権者である原告らにも過失があつたものというべきである。

従つて損害賠償額の算定にあたつては、これら原告ら側の過失をも斟酌する必要があり、本件事故の状況、原告ら側の右過失の内容、程度その他本件にあらわれた諸事情を勘案すると、前記損害額から原告平岡旧正二、同平岡紀子については六割を、原告田邊謙三郎、同田邊諒子についてはその五割を、それぞれ過失相殺として減額すべきものと思料される。

右によれば、原告平岡旧正二については金五八七万二二八四円、同平岡紀子については金五五九万二二八四円、同田邊謙三郎については金七一〇万二六九三円、同田邊諒子については金六七五万二六九三円が損害額となる。

5 弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起とその遂行を原告ら訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の内容、認容額、訴訟の経過等の諸事情を考慮すると、被告らに負担させうる弁護士費用は原告ら各人についてそれぞれ金三〇万円とするのが相当である。

七 よつて原告らの本訴各請求は、被告ら各自に対し、原告平岡旧正二において金六一七万二二八四円、同平岡紀子において金五八九万二二八四円、同田邊謙三郎において金七四〇万二六九三円、同田邊諒子において金七〇五万二六九三円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告三上については昭和五七年一一月五日から、被告青森県については同月二日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言及び仮執行免脱の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西島幸夫)

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